ここのところ寒さも和らぎ、サクラの鮮やかな朱が映える季節になってきました。新年度を迎え、新しい生活がはじまりました。
相変わらず慌ただしい日々ですが、「時間がない」という言い訳はやっぱり自分の時間の使い方の問題に過ぎないのであって、ブログも更新しなきゃなと思う次第です。
ときおり、自分が何をしているのかわからなくなっていわゆる『読書論』の本に手を伸ばすことがあります。古いところで言えばショウペン=ハウエルの『読書について』、最近のもので言えばバラエティでもすっかりお馴染みになった齋藤孝先生の『読書力』。ちょっと違った視点で言えば岩波書店の『未来をつくる図書館』なんかは映画化もされていて、非常に面白かった1冊でした。
実をいうとあまり車の運転が好きではありません。都内での電車通勤に馴らされ、福島に来てからも当分は郡山⇔福島市の通期を電車でしていた身としては、電車の中というのは恰好の読書時間でした。ところが車となるともはや運転に集中するほかなく、なかなか他のことができないですよね。
車通勤の生活となった今、どこで読書する時間をつくろうかと悩みます。仕事はある。空手もある。両方のために勉強しないといけないこともある。ではいつ読む?
となったときに出した答えは、「勉強のためになるジャンルの本を読めばいいのでは?」。
こうなってくるともはや何のために読んでいるのか、読むことが目的化していないか、など自問自答を繰り返すうちに迷える子羊と化して、こういった本に手を伸ばしてすがるようになります。
ここで、言 寺さんのX(@310_64)で話題になった漫画をご紹介しますね。
出典)https://x.com/310_64?s=20
なぜ本を読まなければいかないか、別に本を読まなくてもいい
どちらの答えによってもなのですが、その答えがわからないから読んでいるのかもしれません。
時間はあまりに有限で、その中で読める本の量なんてたかがしれています。それは世界の叡智のほんの一部に過ぎません。そこに時間を掛ける意味があるのか。
そんな疑問や苦悩を抱えながら人は本を読みます。
「知識・情報のファスト化」が進む時代に活字を読む意味。はっきりって非効率ですし、現代のスタイルに逆行している感は否めません。それでもやっぱりあるんです。
勉強するならテキストはPDFをタブレットで表示するより断然紙の方がいい。ノートアプリよりもコピー用紙にペンで書いた方がいい。アナログにしか生成できない自由さと記憶のフックの威力は、やっぱりやってみないとわかりません。
本の知識も、Youtubeではダイジェストに紹介してくれるチャンネルもありますが、やっぱり他人の解説を視聴するよりも、原典を読んだ方がすんなり頭に染み渡ります。どんな本なのか知りたい、なんてときは便利なんですけどね。やっぱりそれで気になった本は買いますし、Youtubeの解説だけで完結するのは、興味がもてなかった、そこまでの興味がない本くらいです。
本という媒体は決してなくならないと思っていますが、それでも。書店に行くと悲しくなります。新書や文庫のコーナーは一角に追いやられ、雑誌や文房具、雑貨が店内のほとんどを占めています。欲しい本は往々にして無く、注文すると1週間以上かかってしまうため、翌日届くamazonでポチる。なんだか悪循環に加担していますね。
私としては、なんだかんだで読むべきだと思っているから読んでいるのだと思います。でも読書ガチ勢からしたら一笑に付されるレベルなので、もうほんとひっそりと自分の興味あることだけを読んでいます。
ほんとに時間がない。でも読まなければ。理由はわからない。だから読む。それくらいのテキトーさでいい気もしていたりするんですけどね!
考えるための栄養みたいなものなので、読む時間を大事にしていきたいものです。




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